人生の休暇
先月初め頃、仕事のことを考えると無性に胸が苦しくなり、携帯がなるだけでビクつき、いよいよ朝も起きられなくなって、「これはまずい」と思い、昨年行ったメンタルクリニックの先生の「いつでも来ていいよ」という言葉を思い出して、“これ以上ひどいことにならないために”病院に行ってみた。
30分ほど先生と話をした診断結果は、「適応障害」。雅子様と同じ症状。自分で思っていた以上に精神的にまいっていたようだ。1ヶ月間、会社を休むことを勧められ、「仕事のことを一切忘れて遊びなさい」と言われ、長い休暇を送ることになった。
最初の週はもともと予定していたお盆の帰省をして羽を伸ばし、2週目はバイクで温泉旅へ、3週目となる先週は香港へ一人旅をし、最後の週となる今週は、東京で本を読んだり料理をしたりしながらゆっくりと過ごしている。
始めの2週間くらいは、ほぼ1日毎くらいに会社から問い合わせが入っていたし、どうしても自分じゃなければならないクライアントとのアポがあったり、自分もやり残した仕事の心配をしたり、休んでいることに後ろめたさを感じたりして、どこか頭の隅に仕事のことが引っかかって、気分もすっきりとしなかったのだが、3週目、4週目となるとずいぶん休みに没頭できるようになった。
長い休みをとることで得られたことがいくつかあった。
まず、実際に仕事を離れてみて一番感じたのは、「仕事のことを考えない休暇がこんなにのびのびできるのか」ということ。それまでの数ヶ月は、休みでも家で仕事をしていたし、翌週何をしなければならないかなどの心配事に土日でも常に支配されていた。そこから離れた開放感、仕事と休みをきっちりと切り分けなければならないことを十分感じとった。
さらに、これはやや自虐的ではあるが、カウンセラーを目指すにあたり、仕事から受けるストレスとそれが積み重なる辛さ、病院でどういう診察を受けてどう診断されるのか、実際に仕事から離れることの後ろめたさ、それを克服していく過程など、クライアント側にたった立場を身を持って経験できたことは、今後、同じような悩みを抱える人の話を聞く際に共感できるであろう。
来週から職場に復帰する予定だが、正直言ってこれまでと同じような業務や仕事のやり方に戻ったのでは、また同じような状態に戻ってしまうに違いない。自分の気の持ち方を変えることはもちろん、自分以外の他のみんなが同じようなことにならぬよう、仕事のやり方を変えていかなければならない。それが、身を持って精神疾患を経験し、休みをもらった者としての責任であると思っている。
それとともに、もっと広義には、自分はこの先どう人生を歩んで行くのか、そのためには今何をすべきかを改めて見つめ直して、仕事を考え直そうと思っている。
カウンセラー養成スクールの先生にこう言われたことがある。
「岡村さんは、仕事がレクリエーションなんですよ」
そう言われたときには「そんなことはない。仕事はあくまで仕事」と思っていたのだが、今になると「そうかもしれない」と思えてくる。ただ、今はまだ、本当に人生をかけて“没頭”できる仕事にめぐり合っていないだけなのだ。
この休暇をきっかけに、これからの1年は、寝食忘れるほど夢中になり、ストレスを感じることなく、それこそ“レクリエーション”だと感じられる仕事にめぐりあうことを目指したい。

