身の丈で生きる
今日乗ったタクシーの初老の運転手さん。
20年くらい前まで東京で運転していたが、最近まで地方に暮らし、また戻ってきて運転しているそうで、「昔は渋谷や六本木も走っていたけど、最近は浅草や下町界隈でせいいっぱいですよ。勉強もなかなかできないし。」と、ちょっと控えめの感じの方。
しばらく話していて、
「最近は、あんまりガツガツ稼ごうって気もなくて、長距離とかは別にいいやって思うんだよね」とおっしゃるので
「それは良くないよ〜、運転手さん!ガツガツがんばって稼ぎましょうよ!」と元気づけるつもりでぼくが言うと、
「いや〜、600円、700円とコツコツやるのが、どうも自分の性に合ってる気がしてね」とポツリ。
“自分の性に合っている”っていい言葉だなーって、単純に思いました。
逃げでそう言っているのではなく、長い人生おくってきた年輪のようなものからにじみ出た言葉だと感じました。運転手さんがこの20年、どんな人生をおくってきたかはわからないけど、その結果として“自分の性に合っている”ことが見つかったのだとすれば、それは貴重なことだなーと。
「背伸びせず、身の丈で生きているんですよ」
そうとも聞こえました。
これまでいろんなタクシーの運転手さんの話を聞き、どちらかというと「どうしたら儲かるか」「いかに長距離の客をとるか」なんて自慢話を聞いてすごいなーと思っていました。駅でずっと客待ちしているタクシーは単にサボっているだけだ、という先入観があり、実際客待ちしている車より流している車のほうが運転手さんの愛想が良かったりするので、客待ちタクシーは避けていました。
でも、客待ちをしている運転手さんが「これが自分の性に合っている」と思っているとしたら・・・長い時間を積み重ねた結果として、それが自分の身の丈にあったやりかただと信じているのだとしたら・・・
そう考えると、客待ちしているタクシーというだけで避けている自分の度量が小さく感じました。
自分の性に合っている・・・身の丈で生きている・・・。
言えそうで、これはなかなか言えないことだなー、と残業帰りのわずか10分のタクシーの中で、運転手さんに教えてもらいました。
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